虫を踏み潰す女性に興奮してしまう僕が、少し楽になった話
前回の記事で、僕はこう書いた。
「虫を踏み潰す女性に興奮するのって、虫そのものが好きっていうより、
“強い女性”や“ためらいのなさ”に心を持っていかれているのかもしれない」
自分の中の感覚を言葉にしてみたら、少しだけ楽になった。
でも正直、
この性癖との付き合い方って自分でも戸惑うことが多い。
性癖ってややこしい。
好きになりたくて好きになったわけじゃないし、
やめようと思って簡単にやめられるものでもない。
なのに、ふとした瞬間に自分を責めたくなる。
だから今回は、僕が自分の中で整理できたことを、もう少し書いてみようと思う。
もし同じような感覚を抱えている人がいたら、少しでも息がしやすくなれば嬉しい。
虫踏みフェチの「好き」は 意外と複数の要素でできている
虫踏みって聞くと、どうしても「生き物を踏む」 という残虐な一点に注目してしまう。
でも実際は、僕の中の“好き”を深掘りしていくと、いくつかの要素が混ざっていることに気づいた。
たとえば、こういうもの。
- 強い女性に惹かれる
- 冷たい目や態度にゾクッとする
- 逆らえない空気感が好き
- 踏むという行為そのものに、支配の雰囲気を感じる
- 靴(ヒールやパンプス)に強さを感じる
- 淡々としているのが良い
- ギャップに弱い(清楚なのに容赦ない、みたいな)
こうやって並べてみると、虫そのものよりも「雰囲気」に反応してる割合が大きい。
もちろん虫踏みが好きなら、虫踏みが好きでいい。
ただ、僕の場合は“虫だけが原因じゃない”って気づいたことで、だいぶ自分を責めなくなった。
虫を踏めるほど強い女性に惹かれる反応
正直、この性癖に気づいたときの僕は、自分を疑った。
「自分はおかしいんじゃないか」
「こんなの人に言えない」
「普通の人間じゃない気がする」
でも今なら、少し違う言い方ができる気がする。
そう思ってしまうのは、たぶん僕が“真面目”だからだ。
人に迷惑をかけるのが嫌で、ちゃんとしていたくて、普通でありたくて。
だからこそ、説明しづらい性癖を持ってしまったとき、焦る。
不安になる。怖くなる。
でも、嗜好って基本的に“脳の反応”みたいなところがある。
理屈じゃない。
だから理由がはっきりしなくても、持ってしまう。
自分の中にある反応を、いきなり消すことはできない。
なら、付き合い方を整えるのが現実的だと思った。
僕は虫踏み作品に興奮する。
でもそれは、あくまで“自分の中の楽しみ”として完結させたい。
だから僕の中で、境界線をいくつか作った。
- 現実の虫で試さない
- 妄想や作品の中で楽しむ
- 見終わったあと、自分を責めない
- 刺激が強すぎると感じたら無理に追いかけない
- 日常生活を壊さない範囲にする
こうやって“線引き”ができると、自分の嗜好が急に暴走する感じがなくなる。
むしろ、「僕は僕の中で管理できる」って感覚が持てるようになった。
性癖って、管理できない怪物みたいに思えてしまう瞬間がある。
でも本当は、うまく距離感を作れるものなんだと知った。
好きなものを整理すると安心して楽しめるようになる
僕が一番救われたのは、
「虫踏みが好き」「インセクトクラッシュフェチである」とまとめなくていい、と気づいたことだ。
たとえば僕の場合は
- 強い女性
- 冷たい態度
- 靴(ヒール)
- 淡々とした支配感
このへんが本体っぽい。
だから、「虫踏み」じゃなくても刺さる作品があるし、
逆に“虫踏みでもそこまで刺さらない作品”もある。
好きの要素を分解すると、「自分は何が好きなのか」が見えやすくなる。
そして自分のことを理解できると、不思議と安心する。
理解できないものが怖い。
でも理解できた瞬間、怖さは減る。
少数派かもしれない。でも あなただけじゃない
これだけは、もう一回書きたい。
虫踏み女性に興奮するって、たぶん少数派だ。
大声で言えるものじゃない。
でも、ゼロじゃない。
検索して、似たような人がいることを知った時点で、
もうあなたはひとりじゃない。
僕もそうだ。
そしてもしあなたが、自分を責めてしまっているなら、
それはあなたが“ちゃんとした人”だからだと思う。
大丈夫。
性癖は人それぞれだ。
自分を否定しないことが、たぶん一番の救いになる。
僕は今日も、僕の好きなものと寄り添って生きている。
それでいいんだと思う。

